四境戦争(読み)しきょうせんそう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「四境戦争」の意味・わかりやすい解説

四境戦争
しきょうせんそう

第二次長州征伐(1866)の長州藩での呼称。大島口、芸州口、石州口、小倉(こくら)口の四境で、幕府軍と長州軍の戦闘が行われたため、こうよばれる。

[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の四境戦争の言及

【長州征伐】より

…幕末期,江戸幕府が長州藩攻撃のために起こした戦争で,第1次は未発,第2次は倒幕運動の拠点長州との全面的な軍事対決となった。第1次征長,第2次征長ともいい,この第2次征長戦を長州側では四境戦争と呼ぶ。
[第1次]
 1864年(元治1)7月18日の禁門の変(蛤御門の変ともいう)による長州軍の皇居内への発砲は,7月23日の長州追討の朝命となり,翌日,幕府は中国・四国・九州の21藩に出兵を命じ,また,その他の諸藩には京畿守備を命じた。…

※「四境戦争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む