国衙庄(読み)こくがのしよう

日本歴史地名大系 「国衙庄」の解説

国衙庄
こくがのしよう

古代の播磨国衙の所在地周辺地が庄園化したものと考えられる。播磨国衙は皇室領として後嵯峨天皇から持明院統の後深草―光厳―崇光と伝領され(椿葉記)、応永五年(一三九八)一〇月一六日、伏見宮栄仁親王に播磨国衙・同別納が与えられた(「後小松天皇綸旨」勧修寺家文書など)。この国衙・同別納の地から平野ひらの北条・同南条印達いたち北条・同南条・英保あぼ郷・伊和東いわひがし郷・同西郷などが分離する(元弘三年七月日「称名寺寺僧等文書紛失状」正明寺文書など)広義にはこれら分離した地を含めて国衙庄といったが、狭義には分離後の一定地域をさしたとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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