大徳寺文書(読み)だいとくじもんじょ

日本大百科全書(ニッポニカ)「大徳寺文書」の解説

大徳寺文書
だいとくじもんじょ

臨済(りんざい)宗大徳寺派大本山大徳寺(京都市)の本坊が所蔵する中世近世古文書。手継(てつぎ)・関連文書の形で流入した平安・鎌倉期の文書も含むが、おもに1324年(正中1)の大徳寺創建以降の文書からなる。遺偈(いげ)、印可(いんか)状、規式(きしき)住持諸塔主(たっす)ら連署の壁書(かべがき)などの嗣法(しほう)・寺規にかかわるもののほかは、ほとんどの文書が大徳寺が中央や地方で獲得した土地・荘園(しょうえん)にかかわる訴訟文書、寄進状、売券(ばいけん)などで、中世後期の法制史・経済史研究に資するところが大きい。また、地方に広範な教線を広げた林下(りんげ)の作風にふさわしく、赤松大内、河野、朝倉斯波(しば)、織田(おだ)などの地方武家の発給文書をまとまった形で含むことが特徴である。中世文書総計約3400点は『大日本古文書 家わけ17』として刊行されている。

[保立道久]

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百科事典マイペディア「大徳寺文書」の解説

大徳寺文書【だいとくじもんじょ】

京都市北区にある大徳寺本坊に所蔵される中世から近世にいたる文書群。中世に属する文書は約3400点で,時代的には一部平安・鎌倉時代のものも含むが,大徳寺創建以降の南北朝期から織豊期に至るものが大部分である。本坊伝来の本寺関係の文書のほか,近世以降本坊にした諸塔頭関係の文書も含み,内容的には遺偈(ゆいげ)・印可状(いんかじょう)など嗣法関係,壁書など寺内関係のほか,寺領の経営・訴訟関係文書などからなる。中世文書は〈大日本古文書〉の《大徳寺文書》として刊行されている。なお本坊所蔵以外の大徳寺塔頭文書として,真珠庵文書・黄梅院文書などがある。
→関連項目小宅荘

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世界大百科事典 第2版「大徳寺文書」の解説

だいとくじもんじょ【大徳寺文書】

京都市北区紫野にある臨済宗大徳寺派の大本山,大徳寺の本坊が収蔵する日本中世,近世の古文書。中世の部分については,すでにその全体(計約3400点)が,《大日本古文書》として刊行されている。中世文書の保存の現状は,巻軸に装潢(そうこう)され別置された文書,からまでの番号を有する七つの重書箱に収められた文書,および近世文書中より選び出された箱外文書の三つに分けることができる。第1の装潢別置分の文書は,〈宗峰妙超花園天皇問答頌幷花園天皇投機頌〉〈後醍醐天皇宸翰置文〉〈宗峰妙超自筆書状〉〈徹翁義亨筆但馬国安養寺制法〉〈大徳寺諸庄園文書目録〉などの国宝,重要文化財を多数含み,さらに,歴代の天皇の綸旨・院宣や,武家の禁制朱印状などを収めている。

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