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土佐与市 とさの よいち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

土佐与市 とさの-よいち

1758-1815 江戸時代中期-後期の漁民。
宝暦8年生まれ。紀伊(きい)日高郡(和歌山県)印南(いなみ)村出身の鰹節(かつおぶし)職人。天明のころ安房(あわ)南朝夷(みなみあさい)村(千葉県千倉町)にいき,禁をやぶって土佐節の製法をつたえる。のち伊豆(いず)安良里(あらり)(静岡県賀茂(かも)村)にもまねかれておしえた。文化12年3月23日死去。58歳。本名は善五郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

土佐与市

没年:文化12.3.23(1815.5.2)
生年:宝暦8(1758)
江戸中期,紀州(和歌山県)の鰹節職人。本名善五郎。日高郡印南村出生。燻乾法鰹節「土佐節」製法を東日本一帯に広める礎を築いた。土佐浦へ出漁する印南鰹船団の職人であったが,天明年間(1781~89)飄然出郷。安房国朝夷郡南朝夷村(千葉県千倉町)渡辺久右衛門方に寄寓。その間,享和年間(1801~04)には伊豆国安良里へ渡り,両国へ土佐節製法を伝授。その製法は江戸末期までに奥州気仙沼方面へもおよび,東日本製品全般の品質改良の好結果を生んだ。文政の鰹節番付では,伊豆,安房産製品は土佐,薩摩,紀伊の製品の次に位置している。晩年帰郷の望みがかなえられず,渡辺家で死去したのは,土佐藩の禁を破って秘法を他郷へ洩らした故だと伝えられる。<参考文献>植田穂『改良土佐節の研究』

(宮下章)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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