日本大百科全書(ニッポニカ) 「土佐国滝山物語」の意味・わかりやすい解説
土佐国滝山物語
とさのくにたきやまものがたり
江戸初期に起こった土佐滝山騒動(本山一揆(もとやまいっき))について藩側の立場から記した史書。1603年(慶長8)11月、土佐国長岡郡本山郷(高知県本山町)の村々は、新たにこの地の代官となった山内刑部(ぎょうぶ)の年貢納入要求を拒否し、北山村庄屋(しょうや)高石左馬助(さまのすけ)の指導で滝山にこもり討伐に抗戦したが、高知からの援軍の大筒(おおづつ)による攻撃で潰走(かいそう)し、左馬助兄弟は讃岐(さぬき)(香川県)に逃れ、残った農民は年貢未進を免除され、租率も引き下げられた。
本書は、この一件について、1716年(正徳6)5月18日付けで土佐藩士生田直勝が、3か月間の本山城在番中に、討伐参加者の子孫からの聞き取りをまとめたものというが、1686年(貞享3)2月19日付け千頭弥右衛門(せんずやえもん)、石河源六、志和彦惣(しわひこそう)の藩庁への報告「本山一揆之覚書」を骨子に布衍(ふえん)し、発端時の井口与左衛門(よざえもん)の牒報(ちょうほう)工作、豊永(とよなが)村庄屋五郎右衛門(ごろうえもん)による討伐後の収拾工作、郷民に味方した葛原(かずらわら)村名本(なもと)父子の斬殺(ざんさつ)などについての記述を加えたものである。『大日本史料第拾二編之一』は両者の全文を、『日本庶民生活史料集成』第六巻は前者、『編年百姓一揆史料集成』第一巻は後者の全文を収録する。
[林 基]
『平尾道雄著『土佐国農民一揆史考』(1953・高知市民図書館)』