土手ノ内(読み)どてのうち

日本歴史地名大系 「土手ノ内」の解説

土手ノ内
どてのうち

[現在地名]米沢市まつさき一―二丁目

御膳部ごぜんぶ町の西にある中級家臣屋敷町。西は三の丸堀に接する片側町土手町(米府鹿子)・土手ノ内膳部町(享保一〇年城下絵図)などとも称する。享保一〇年(一七二五)の城下書上によれば町の長さ三町四〇間・道幅二間・屋敷数二一。


土手ノ内
どてのうち

[現在地名]米沢市中央ちゆうおう二丁目・同四丁目

番匠ばんしよう町と三の丸堀に挟まれた上級家臣屋敷町。堀沿いの南北道の西側の片側町。土手ノ内番匠町とも称した(享保一〇年の城下絵図ほか)。享保一〇年(一七二五)の城下書上によれば町の長さ二町三七間・道幅三間・屋敷数九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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