土狩郷(読み)とがりごう

日本歴史地名大系 「土狩郷」の解説

土狩郷
とがりごう

現長泉町南東部、黄瀬きせ川東岸に位置した中世の郷(国衙領)。土加利などとも書き、現在の上土狩・中土狩・下土狩が遺称地であるが、当郷が上・中・下の土狩三ヵ村に分れたのは江戸時代のことで、国衙領の経営拠点である郷政所は現中土狩に位置したものか。建武元年(一三三四)二月九日、足利尊氏によって「土加利郷内」の田三町・畠一町が伊豆三嶋社(三嶋大社)に寄進されている(「足利尊氏寄進状」三嶋大社文書、以下断りのない限り同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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