旧東海道(県道沼津―三島線)に南面して鎮座。祭神は大山祇神・事代主神の二神。旧官幣大社。古代は式内社、中世は伊豆国一宮として武士の崇敬を受け、近世は三島町の発展とともに庶民の信仰を集めた。本地仏は薬師仏(「新千載集」「北条記」など)であった。
伊豆国三嶋神主家系図(筑波大学附属図書館蔵)によれば、大化五年(六四九)
「延喜式」主税寮によれば三嶋神料として二千束が下されており、同神名帳によれば「伊豆三
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静岡県三島市大宮町に鎮座。事代主(ことしろぬし)神,大山祇(おおやまつみ)神をまつる。創建年代不詳。《延喜式》には賀茂郡に鎮座とあり,もと伊古奈比咩命神社(下田市白浜に鎮座)の近くに鎮座していたのを,古代中期より末期の間に,当時の伊豆国府に近い現在地に遷座したものとみられる。古くより当地方第一の社として崇敬され,神階は850年(嘉祥3)従五位上よりしだいに進み,868年(貞観10)従三位となり,延喜の制で名神大社,祈年・月次・新嘗祭の官幣をうけ,のち伊豆国一宮とされた。源頼朝は1180年(治承4)8月17日,当社祭礼の日にまず奉幣祈願し,その夜平家追討のため挙兵した。のち,幕府を開くと鶴岡八幡宮に分祀し,伊豆山・箱根両権現とともにことに崇敬された。部将たちも崇敬,神領を寄せた。江戸幕府も朱印領530石を寄せ,また三島が宿場町として発展するにつれ広く信仰された。旧官幣大社。例祭8月15~17日のほか,田祭(1月7日),奉射祭(1月17日)などの特殊神事があり,また北条政子奉納梅蒔絵手箱(国宝),上杉管領奉納兵庫鎖宗忠銘太刀(重要文化財)ほか,宝物や古文書類を多く所蔵。現社殿は安政の大地震のあと,神主矢田部氏が幕府また諸国よりの寄付を得て明治初年完成させたもの。
執筆者:鎌田 純一
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静岡県三島市大宮町に鎮座。当地は東海道三島宿の中心であるとともに、古くは伊豆国の国府の所在地であり、現在も伊豆半島方面への入口となる交通の要衝である。『延喜式(えんぎしき)』神名帳では伊豆国賀茂(かも)郡四十六座の筆頭に「伊豆三島神社」がみえ、当時は伊豆白浜の地に妃神とされる伊古奈比咩命(いこなひめのみこと)神社と並んで鎮座していたものが、のちに伊豆国の国府であった現在地に勧請(かんじょう)され、国司の祭祀(さいし)するところとなったのであろう。850年(嘉祥3)従(じゅ)五位上、859年(貞観1)従四位上、864年正四位下、868年従三位(さんみ)の神階が授けられている。また源頼朝(よりとも)は挙兵にあたってことに神威を仰いだことから、鎌倉に開府ののちにも社領を寄せ、伊豆箱根二所権現(にしょごんげん)とともに特遇した。祭神は大山祇神(おおやまづみのかみ)、事代主(ことしろぬし)神ほか三座。例祭は8月16日で、頼朝公旗上げ行列などの催しがある。1月7日の特殊神事田祭りは静岡県無形文化財。国宝北条政子(まさこ)奉納梅蒔絵(うめまきえ)手箱、『日本書紀』古写本(三島本)、宗忠(むねただ)銘太刀(たち)(国重要文化財)のほか多数の古文書、刀剣等を社宝として蔵する。社家の矢田部氏の祖は伊豆国造(くにのみやつこ)矢田部宿禰(やたべのすくね)とされ、伊予国(香川県)大三島(おおみしま)の大山祇神社社家の越智(おち)宿禰と同じく物部(もののべ)氏系であることなど両社の由縁がうかがわれる。
[佐野和史]
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【古代】
東海道に属する下国(《延喜式》)。田方,那賀(仲とも),賀茂の3郡からなり,国府は田方郡に置かれ,三島市の三嶋大社付近にあったといわれている。《国造本紀》の伊豆国造条には,〈神功皇后の御代,物部連(むらじ)の祖,天桙(あめのぬぼこ)命8世の孫,若建命を国造に定め賜う。…
※「三嶋大社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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