土生田村(読み)とちゆうだむら

日本歴史地名大系 「土生田村」の解説

土生田村
とちゆうだむら

[現在地名]村山市土生田

山形盆地の最北部に位置し、西部を最上川が北流する。願正御坊縁起(願行寺蔵)によれば、天正五年(一五七七)頃のこととして、「山形義光天童頼久ト合戦ニ打勝、下郡新庄マテ心ノ儘ニシタカヘ、酒田船ヲ通路セシメント巧計シ(中略)大石田ト中野・船町ヲ舟往還ノタメ村立テシ、同時ニ中仙道ノ街道ニ橡生田村ヲ割出ス今ハ土生田村ト書ク」とあり、古くから交通の要衝であった。最上氏領から元和八年(一六二二)山形藩領、寛文八年(一六六八)幕府領、安政三年(一八五六)以降松前藩領となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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