坂之上村(読み)さかのうえむら

日本歴史地名大系 「坂之上村」の解説

坂之上村
さかのうえむら

[現在地名]上三川坂上さかうえ

鬼怒川右岸の低地台地からなり、東境の一部を川が南流し、集落は字本田ほんでんと字河原かわらにある。東は三本木さんぼんぎ村。「下野国誌」は「和名抄」にみえる河内郡酒部さかべ郷を当地に比定する。近世初めは烏山藩領。元和八年(一六二二)幕府領となる。寛永一〇年(一六三三)から旗本天野領。慶安郷帳には「坂上村」とみえ、田高一七〇石余・畑高一一五石余。元禄郷帳・天保郷帳には「木川田坂之上村」とみえる。改革組合村と旧高旧領取調帳には「坂上村」とみえ、幕府領と旗本天野の二給。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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