坂田市場村(読み)さかたいちばむら

日本歴史地名大系 「坂田市場村」の解説

坂田市場村
さかたいちばむら

[現在地名]横芝町坂田・坂田池さかたいけ

横芝村北西に位置し、南部に坂田沼がある。戦国期当地域一帯は坂田郷と称され、三谷氏が支配していたが、高谷たかや小池こいけ(現芝山町)の領主井田氏が当地へ進出してきた(年未詳三月一日「千葉勝胤書状写」神保文書)登城とじようの坂田城は井田氏の居城であった。江戸初期まで坂田郷とよばれたが、のち市場いちば於幾おき曾根合そねあい寺方てらかた取立とりたて小堤おんづみの六ヵ村に分れ、元禄郷帳などではそれぞれに坂田を冠している。天正一八年(一五九〇)から慶長五年(一六〇〇)まで坂田郷は石川氏の成東領二万石のうちであったという(「小堤村旧記」神保家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む