坂田市場村(読み)さかたいちばむら

日本歴史地名大系 「坂田市場村」の解説

坂田市場村
さかたいちばむら

[現在地名]横芝町坂田・坂田池(さかたいけ)

横芝村の北西に位置し、南部に坂田沼がある。戦国期当地域一帯は坂田郷と称され、三谷氏が支配していたが、高谷(たかや)・小池(こいけ)(現芝山町)の領主井田氏が当地へ進出してきた(年未詳三月一日「千葉勝胤書状写」神保文書)。登城(とじよう)の坂田城は井田氏の居城であった。江戸初期まで坂田郷とよばれたが、のち市場(いちば)・於幾(おき)・曾根合(そねあい)・寺方(てらかた)・取立(とりたて)・小堤(おんづみ)の六ヵ村に分れ、元禄郷帳などではそれぞれに坂田を冠している。天正一八年(一五九〇)から慶長五年(一六〇〇)まで坂田郷は石川氏の成東領二万石のうちであったという(「小堤村旧記」神保家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む