垣屋村(読み)かきやむら

日本歴史地名大系 「垣屋村」の解説

垣屋村
かきやむら

[現在地名]篠山市垣屋

打坂(うちさか)村の北東に位置し、宮田(みやだ)川が南西流する。地内に八(はち)ヶ坪(つぼ)などの地名がある。北部山中に西(にし)ヶ谷(たに)城跡・安養(あんよう)寺跡があり、西ヶ谷城は垣屋城ともよび、波々伯部氏が在城していたという。慶長一三年(一六〇八)の多紀郡桑田津之国帳に「垣屋村」とみえ、高二五六石余。正保郷帳では田高二三七石余・畠高一九石。元禄郷帳では高二五七石余。天明三年(一七八三)の篠山領内高並家数人数里数記では板井組のうちで、高二五五石余、家数四七・人数二四一。「多紀郡明細記」では板井組として田二三一石余・畑二四石余、山役米一石二斗のほか、薪五一荷・瓦焼木二五束を納めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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