城塚新田(読み)じようづかしんでん

日本歴史地名大系 「城塚新田」の解説

城塚新田
じようづかしんでん

[現在地名]中条町上城塚(かみじようづか)・下城塚(しもじようづか)

村央を逆上(ぎやくじよう)川が流れ、北は塩津(しおづ)新田、東は船戸(ふなと)村に接する。村名は北方五〇〇メートルの水田中にある城(じよう)ノ山(やま)に由来するとされる。享保年間(一七一六―三六)の紫雲寺(しうんじ)潟の開発により成立した村。元文元年(一七三六)検地では高五二〇石余・田畑五三町七畝余(皇国地誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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