堀河親俊(読み)ほりかわ・ちかとし

朝日日本歴史人物事典の解説

堀河親俊

没年:正嘉2.2.7(1258.3.13)
生年承元1(1207)
鎌倉中期の公卿。父は権中納言顕俊,母は権中納言藤原実守の娘。初名成俊。承久の乱(1221)後に朝廷に重きをなした近衛家に仕えて累進し,文暦1(1234)年参議,延応1(1239)年中納言。2年後に辞任。政治の実権が近衛家から九条家,後嵯峨上皇に移るにつれ,活動の場を失っていった。

(本郷和人)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

関連語をあわせて調べる

今日のキーワード

大学入試センター試験

国立大学の共通第1次学力試験制度は、1979年度に導入された。入学試験を第1次と第2次とに分け、第1次試験は大学入試センターが共通学力試験を実施。第2次試験は各大学がきめ細かな入学者選抜を行うことを目...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android