日本歴史地名大系 「堀津村」の解説 堀津村ほつつむら 岐阜県:羽島市堀津村[現在地名]羽島市堀津町・堀津町横手(ほつつちようよこて)・堀津町須賀中(ほつつちようすかなか)・堀津町須賀北(ほつつちようすかきた)・堀津町中屋敷(ほつつちようなかやしき)・堀津町須賀西(ほつつちようすかにし)・堀津町東山(ほつつちようひがしやま)・堀津町前谷(ほつつちようまえだに)・堀津町須賀南(ほつつちようすかみなみ)千束(せんぞく)新田・沖(おき)村・午北(うまきた)新田の西、長良川東岸沿いに位置する桑原(くわばら)輪中内の村。枝村に須賀村・禅谷(ぜんだに)がある。中世には堀津牧が成立していた。年未詳六月八日の下間頼龍奉本願寺御印書(円覚寺文書)に「ほつ津」がみえ、織田信雄分限帳によると、堀津・西加賀野井(にしかがのい)の六〇〇貫文の地が不破勝兵衛に宛行われていた。慶長郷帳では高一八二石余。元和二年(一六一六)の村高領知改帳によると平岡頼資(徳野藩)領。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by