堀金氏館跡(読み)ほりがねしやかたあと

日本歴史地名大系 「堀金氏館跡」の解説

堀金氏館跡
ほりがねしやかたあと

[現在地名]堀金村大字烏川 上堀金

からす川扇状地の末端、段丘上に位置し、旧千国ちくに道沿いにある。俗称「堀屋敷」といい、四五間四方、外側に土塁を築き、内側に堀を巡らせている。堀屋敷前を大庭おおにわといい、千国道沿いに南北に立町たつまちを形成し、町並の前後に鉤手をつくっている。南方田尻たじり村分(現堀金村)にあたる町尻付近に小林しようりん寺・大覚だいがく寺・大勝たいしよう寺がある。更に堀屋敷を中心にして西方に西小路(東小路不明)がある。当館付近に蹴出けだし・どい田・つくだ狐穴きつねあな番匠田ばんじようだ等の地字がある。

中世末期に仁科氏の支族堀金氏が居館。堀金氏の初見は、「高白斎記」天文二〇年(一五五一)一〇月二二日の条で、武田晴信が平瀬ひらせ(現松本市島内区)小岩岳こいわたけ(現穂高町)両城攻撃のため深志ふかしへ着城した時、「堀金出仕」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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