堂ヶ谷村(読み)どうがだにむら

日本歴史地名大系 「堂ヶ谷村」の解説

堂ヶ谷村
どうがだにむら

[現在地名]珠洲市宝立町春日野ほうりゆうまちかすがの

下鳥越しもとりごえ村の南方にあり、般若はんにや川が東流する。「三州志」に高井たかい中野なかの十二谷内じゆうにやち垣内がみえる。享禄四年(一五三一)閏五月一九日の遊佐総光寄進状(金峰寺文書)に「堂谷毘沙門堂并稲荷田」とあり、玉斎宗珍大姉の菩提を弔うため金峰こんぽう寺に寄進されている。天正一一年(一五八三)一一月二二日の長百姓三人扶持状(上浜文書)ただ郷のうち一〇俵を扶持された長百姓「たうか谷」は当地を拠点とした者と考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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