日本大百科全書(ニッポニカ) 「金峰」の意味・わかりやすい解説
金峰
きんぽう
鹿児島県薩摩半島(さつまはんとう)中西部、日置郡(ひおきぐん)にあった旧町名(金峰町(ちょう))。現在は南さつま市の北東部を占める。旧金峰町は1956年(昭和31)田布施(たぶせ)村と阿多(あた)村が合併して町制施行。2005年(平成17)加世田(かせだ)市、川辺(かわなべ)郡大浦(おおうら)町、笠沙(かささ)町、坊津(ぼうのつ)町と合併し南さつま市となった。これにより日置郡は消滅した。旧町域のほぼ中央部に霊峰金峰山(636メートル)がそびえ、西側は万之瀬(まのせ)川や長谷(ながたに)川、堀川などの各支流の開析した谷底平地が広がり、海岸部の砂丘は吹上浜(ふきあげはま)海岸砂丘中、もっとも発達した部分である。平地部を国道270号が南北に走る。水田が多く、砂丘後背地の水田地帯は南薩の穀倉といわれており、砂丘地の利用も進められている。また、藩政時代から出稼ぎや副業が盛んで、「阿多タンコ(桶(おけ)職)」「田布施コビキ(木挽(こびき))」のことばや民芸品「阿多張きせる(あたばりきせる)」が残っており、いまでも茶士、杜氏(とうじ)として県内各地で働く人も多い。金峰山頂に蔵王権現(ざおうごんげん)社がある。
[田島康弘]
『『金峰郷土史』3冊(1963~1966・金峰町)』