堅田城跡(読み)かたたじようあと

日本歴史地名大系 「堅田城跡」の解説

堅田城跡
かたたじようあと

[現在地名]白浜町堅田

堅田の東部丘陵、通称要害ようがい山の山頂にある。標高約五〇メートル。「紀南郷導記」に「要害山ト云ヒテ古城ノ跡之レ有リ。是ハ山本主殿ガ家来堅田式部ト云フ者当村ヲ知行シ、百二十余年已前永禄年中マデ居城セシ地ナリト云ヘリ」とある。城の規模は文化五年(一八〇八)の風土記新御撰ニ付御尋之品書上帳(宮野家蔵)に「東西拾六間、南北拾五間」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む