堅田陣屋(読み)かただじんや

日本の城がわかる事典 「堅田陣屋」の解説

かただじんや【堅田陣屋】

滋賀県大津市にあった江戸時代の陣屋。堅田藩の藩庁が置かれた。「堅田の落雁」として知られ、近江八景の一つに数えられる堅田の浮御堂(満月寺)があった場所に置かれていた陣屋である。堅田は古くから琵琶湖の水運の拠点であったところで、「堅田衆」と呼ばれる勢力がいた。織田信長と朝倉・浅井氏が敵対した元亀年間(1570~72年)、堅田衆は浅井・朝倉方に与していたが、その有力者が信長に従うようになった。江戸幕府は、この要衝を天領(幕府直轄領)としたが、1698年(元禄11)に幕府の大老・堀田正俊の三男、堀田正高が入封して堅田藩が設立され、この陣屋を築いた。1826年(文政9)、6代藩主の堀田正敦が下野佐野に転封となり、堅田は再び天領となった。JR湖西線堅田駅からバス、堅田出町下車後、徒歩5分。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

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