日本大百科全書(ニッポニカ) 「堅田藩」の意味・わかりやすい解説
堅田藩
かたたはん
江戸時代、近江(おうみ)国滋賀・高島郡(滋賀県大津・高島市)内を領有した藩。譜代(ふだい)、1万石。1698年(元禄11)堀田正高(ほったまさたか)が下野(しもつけ)国(栃木県)佐野1万石より転封され、堅田藩を興した。正高、正峰、正永、正実(まさざね)、正富(まさとみ)、正敦(まさあつ)と続いたが、1826年(文政9)下野佐野1万3000石へ転封となり、堅田藩は廃された。堀田正敦は若年寄(わかどしより)在職中『寛政重修諸家譜(かんせいちょうしゅうしょかふ)』の編集総裁を担当し3000石を加増、あわせて1万6000石となった。父祖の地佐野への転封は、編集総裁に対する恩賞でもあった。
[藤田恒春]