( ②について ) 近松や西鶴の作品では魅力的な菓子として登場するが、現在のものとはやや違っていたようで、「御前菓子秘伝抄」(一七一八)を見ると、干飯を煎り、砂糖蜜でかためたものとある。干飯を煎って粉にしたものは、臼などで挽いたものよりは大粒で、いわゆる「おこし」に近かったものと思われる。
干菓子の一種で打(うち)菓子、打物(うちもの)菓子ともいう。糯米(もちごめ)、粳米(うるちまい)、そば、大豆、小豆(あずき)、大麦、小麦などを製粉し、砂糖、水飴(みずあめ)などを加えて練り、型に入れて押し、焙炉(ほいろ)で乾燥させたもの。落雁の名は中国の菓子名の軟落甘(なんらくかん)からとったといわれる。1708年(宝永5)刊の『朱子談綺(だんき)』に、軟落甘は糕(こう)の名であるとされているところからも、当初は白雪糕(はくせっこう)の形態であり、文字どおり軟らかい落雁であった。落雁は文明(ぶんめい)年間(1469~1487)に山城(やましろ)国壬生(みぶ)(京都)の住人板倉治部(じぶ)によりつくられた。糯米を蒸し、陽光にさらして臼(うす)で搗(つ)き、甘味を加えた一寸四方の打物の表面に黒ごまを散らした菓子で、治部はこれを後土御門(ごつちみかど)天皇に献上し、帝(みかど)は菓子の姿を白雪に雁(がん)の舞い下りた風景に見立てたので、「落雁」と名づけられたという。また献上の栄誉をたたえて御所落雁の菓名となった。この菓子は治部が本願寺蓮如(れんにょ)に従ったことから北国に伝わり、いまでは富山県南砺(なんと)市の名物である。さらに1625年(寛永2)には石川県金沢市の「長生殿」が完成して、落雁では最高級とされた。今日では和三盆糖を用いた典雅な菓子である。有名落雁には京都市のお千代宝(ちよぼう)、名古屋市の二人静(ににんしずか)、長野県小布施(おぶせ)町のそば落雁、福井県敦賀(つるが)市の豆落雁、群馬県館林(たてばやし)市の麦落雁、埼玉県川越市の初雁城(はつかりじょう)、秋田市の秋田諸越(もろこし)がある。また軟落雁では長崎市の口沙香(こうさこう)、島根県松江市の山川、菜種の里、新潟県長岡市の越乃雪(こしのゆき)、宮城県塩竈(しおがま)市の「しおがま」などがあげられる。
[沢 史生]
干菓子の一種。みじん粉(もち米を蒸し,乾燥して粉にひいたもの),麦焦し,きな粉などを主材料とし,これに砂糖,水あめなどを加えて練り,木型に入れて押し固めたもの。中国で宋以前から同類の食品がつくられており,そうしたものが伝えられてできたようで,朱舜水の《舜水朱氏談綺》(1708)は落雁が中国で軟落甘(なんらくかん)という菓子にあたるものだとしている。初期のものが白地にゴマを配していたため,それを瀟湘(しようしよう)八景の平沙落雁や近江八景の堅田の落雁になぞらえての名とされるが,軟落甘を略してそれに風雅な字をあてたものと思われる。創製の時期は不明であるが,西鶴や近松の作品にはしばしば名が見られる。材料によって麦落雁,豆落雁などと呼ぶが,みじん粉を用いるものは成形,着色ともに容易なため,さまざまな形を彫刻した木型を用いて美しいものがつくられ,江戸時代の木型や型帳を今も伝存する店もある。俗に金沢の〈長生殿〉,新潟県長岡の〈越の雪〉,松江の〈山川〉などを日本三名菓と呼ぶが,これらはいずれも落雁の類である。ただし,〈越の雪〉や〈山川〉は彫刻した木型を用いず,箱状の木枠に詰めて押し固めるので,現在は押物(おしもの)と呼んで落雁と区別している。また,木型に詰めて押し固めるものを打物(うちもの)と呼び,さらにその中の上級品を打物,他を落雁とする呼び方もある。打物の一種に和三盆(わさんぼん)と通称されるものがある。和三盆は日本国内産の白砂糖のことで,この菓子は独特の香味をもつ砂糖の和三盆に少量の補助材料を加えて,ごく小型のものにつくられている。なお,今はまったく見られないが,かつては薬菓子として母乳がわりにも使われた白雪糕(はくせつこう)という菓子があった。押物の前身というべきもので,現在と同様,落雁が乾飯(ほしいい)という加熱ずみのαデンプンを用い,砂糖液でこねて押し固めたのに対して,江戸初期から熱処理をしていないβデンプンの米粉を主材料とし,砂糖などと合わせて蒸したものであった。《物類称呼》(1775)は仙台で算木菓子(さんぎがし)というとしており,《守貞漫稿》は越後の越の雪が〈白雪糕ノ精美ナルモノ〉であるといっている。算木菓子は木枠にいれたまま蒸し上げ,それを占いに使う算木形に切ったための名で,現在では塩釜(しおがま)と呼ばれているものである。すなわち,越の雪も塩釜も初めは材料,製法ともに落雁とはちがう白雪糕であったのだが,のちに本質的にはなんら落雁と異なるところのない押物へと変化したのであった。
執筆者:鈴木 晋一
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