堺目(読み)さかいめ

日本歴史地名大系 「堺目」の解説

堺目
さかいめ

[現在地名]生月町里免

さと免にある地名で、戦国期よりみえる。一五六六年(永禄九年)初め平戸城下からコスタ神父とフェルナンデス修道士が生月島の生月・山田やまだ一部いちぶおよびサカイメSacaymeなどに赴いて信徒告解を聴き、サカイメなどの信徒のなかには一部まで同行して告解を聴いてもらう者がいたという(同年三月三日「ゴンサルベス書簡」・同年九月一五日「フェルナンデス書簡」イエズス会士日本通信)。これらの地はドン・アントニオ(籠手田安経)の村と記され、反キリシタンの松浦家に対して改宗した籠手田氏の勢力下にあったことがこうした布教の背景にあるのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む