塚川村(読み)つかかわむら

日本歴史地名大系 「塚川村」の解説

塚川村
つかかわむら

[現在地名]長坂町塚川

南に流れる鳩(はと)川の浸食谷を挟んだ両岸にある。東岸台地に前(まえ)村と新田(しんでん)があり、東は上黒沢(かみくろざわ)村(現高根町)に接する。西岸台地には原(はら)村があり、西境を甲州道中原路が通る。天正一〇年(一五八二)一〇月一二日付の徳川家印判状写(譜牒余録)に塚河郷がみえ、同郷四貫五〇〇文と郷内屋敷二間などが新恩として五味太郎左衛門に宛行われた。ただし増分がある場合は蔵入とするとされている。慶長古高帳では高四一七石余、三枝土佐守領。ほかに大明神(現諏訪神社)領二斗余がある。元禄郷帳では領主名の記載を欠き、その後甲府家領、甲府藩領を経て享保九年(一七二四)から幕府領。延享四年(一七四七)から一橋家領となり(延享―慶応年間「年貢割付状」塚川区有文書)、寛政六年(一七九四)幕府領甲府代官支配に復した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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