塚浜(読み)つかはま

日本歴史地名大系 「塚浜」の解説

塚浜
つかはま

[現在地名]女川町塚浜

女川湾口にあり、五部浦(ごぶうら)湾の東端、横浦(よこうら)の対岸にあたる。北と東は海に面し、南は松峰(まつのみね)が鮫(さめ)ノ浦(うら)(現牡鹿町)との境となり、西は咽(けむり)ヶ崎で飯子浜(いいごはま)に接する。村名の由来は、往古この地に落延びた白幡大納言の塚があるためという(女川町誌)。正保郷帳に田一貫一六八文・畑一一六文とある。牡鹿郡遠島女川組大肝入扱いのうち。藩政期を通じ蔵入地で、「牡鹿郡万御改書上」によれば、元禄年間(一六八八―一七〇四)の田二貫三三三文・畑四三一文で、海上高九四一文、人頭七人、男八三・女七九。塚浜在家東西四〇間・南北一町一〇間、小屋敷東西四〇間・南北一町一〇間がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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