20世紀日本人名事典 「塚田攻」の解説 塚田 攻ツカダ オサム 大正・昭和期の陸軍大将 生年明治19(1886)年7月14日 没年昭和17(1942)年12月18日 出生地茨城県 学歴〔年〕陸士(第19期)卒,陸大〔大正3年〕卒 経歴陸軍省軍務局課員、参謀本部部員などを経て、昭和3年参謀本部作戦部長となる。10年参謀本部第三部長となり、日中戦争が勃発すると中支那方面の参謀長となって作戦を指導。13年中将。15年参謀次長となり南方作戦の計画にあたる。16年11月南方軍総参謀長。17年12月第11軍司令官の時、飛行機事故のため中国で死去した。大将に進級。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「塚田攻」の解説 塚田攻 つかだ-おさむ 1886-1942 大正-昭和時代前期の軍人。明治19年7月14日生まれ。日中戦争のとき中支那方面軍参謀長。昭和15年から杉山元(はじめ)参謀総長のもとで参謀次長をつとめる。太平洋戦争開戦時は南方軍総参謀長。第十一軍司令官在任中の昭和17年12月18日飛行機事故のため中国で殉職。57歳。死後大将に進級。茨城県出身。陸軍大学校卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by
367日誕生日大事典 「塚田攻」の解説 塚田 攻 (つかだ おさむ) 生年月日:1886年7月14日大正時代;昭和時代の陸軍軍人。大将1942年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報 Sponserd by