塩津新田(読み)しおづしんでん

日本歴史地名大系 「塩津新田」の解説

塩津新田
しおづしんでん

[現在地名]中条町塩津

村央で柴橋しばはし川が逆上ぎやくじよう川に合流し南へ流れる。西は弥彦岡やひこおか新田、南は城塚じようづか新田に接する。享保年間(一七一六―三六)紫雲寺しうんじ潟開発までは潟端に位置したらしい。建治三年(一二七七)四月二八日の高井道円(時茂)譲状案(中条町役場所蔵文書)には奥山おくやま庄内として「しうつ」がみえ、道円の孫ひこ二郎よしなか(義基)に譲られている。しかしこの地が近世の当新田と同じ場所にあったかどうかは不明。正保国絵図には「塩津潟 横一里余長一里半余」が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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