コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

塩谷青山 しおのや せいざん

1件 の用語解説(塩谷青山の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

塩谷青山 しおのや-せいざん

1855-1925 明治-大正時代の漢学者。
安政2年1月27日生まれ。塩谷簣山(きざん)の子。昌平黌(しょうへいこう)にまなび,中村正直(まさなお),芳野金陵(よしの-きんりょう)らに師事。父の没後,東京下谷(したや)に塾をひらく。明治8年より太政官修史局につとめ,22年第一高等中学教授となる。大正14年2月2日死去。71歳。江戸出身。名は時敏。字(あざな)は修卿。著作に「青山文鈔」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の塩谷青山の言及

【塩谷宕陰】より

…江戸後期の儒者。江戸の人。名は世弘,字は毅侯,通称は甲蔵。宕陰は号。昌平黌に学び,のち松崎慊堂(こうどう)に師事し浜松藩主水野忠邦の儒官となる。忠邦が幕府の老中となって天保の改革を推進すると,顧問として忠邦に助言した。忠邦の失脚後も浜松藩中に重きをなし,禄200石に至った。折からアヘン戦争の風聞が伝わり,ペリーが米艦を率いて浦賀に来航するなど,欧米諸国による侵略を恐れて日本の朝野では議論が沸いたが,宕陰は《阿芙蓉彙聞(あふよういぶん)》や《籌海私議(ちゆうかいしぎ)》を著して海防の必要を説いた。…

※「塩谷青山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

塩谷青山の関連キーワード井島茂作栗田勤河野通之(2)佐野静雄島津荘之助中川黙堂久村静弥間野遺秉森秀次大正時代美術

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone