大学事典 「外国大学日本校」の解説
外国大学日本校
がいこくだいがくにほんこう
1980年代からアメリカ合衆国等の外国大学が日本校を開設し始め,日米貿易摩擦緩和の一環として両国の国会議員がアメリカの大学の日本設置を提唱したこともあって,80年代末には開設数が急増し,一時は50校近くを数えた。しかし,これらの学校の多くは会社形態をとっており,学校教育法上の大学ではないため,日本の大学卒業資格を取得できないなどの問題があった。一部の学校の経営トラブル等で不信感が強まったこともあり,1990年代になると学生数が減少し,多くの学校が閉校するに至った。
2000年代に入ると,WTOのサービス貿易交渉や,日米二国間協議(日米投資イニシアティブ)において,アメリカから同国大学日本校の取扱い改善が要請されるようになり,アメリカのテンプル大学日本校からも,構造改革特別区域制度の枠組みの中で取扱い改善が提案された。これらを受けて,2004年(平成16)に学校教育法施行規則等の見直しが行われ,外国大学日本校のうち,当該外国の学校教育制度において当該外国大学の一部と位置付けられているものを文部科学大臣が指定する仕組みが設けられ,指定校については日本の大学との単位互換,転学,大学院進学が可能となった。通学定期等への学割適用,外国籍学生への留学の在留資格付与等も実現したが,学校法人のような税制優遇措置は認められていない。文部科学大臣による指定を受けた教育機関は,2015年4月現在で大学4(アメリカ・ロシア各1,中国2),大学院3(アメリカ2,カナダ1),短期大学3(アメリカ2,ロシア1)となっている。
著者: 寺倉憲一
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報