多辺田村(読み)たべたむら

日本歴史地名大系 「多辺田村」の解説

多辺田村
たべたむら

[現在地名]若葉区多部田町たべたちよう

坂尾さんご村の東にあり、南東部の多部田、北西部の落井おちいの二集落からなる。千葉大系図に「胤秀 大須賀次郎左衛門尉 号田部多」と記され、大須賀氏の祖胤信(千葉常胤四男)は田部田四郎を名乗っている(源平闘諍録)。また「千葉実録」の永禄六年(一五六三)条には「白井入道下総千葉郡多部田村にも住しけるか、多部田殿ともいふ、其の旧跡今にあり」という。宿しゆくの南西に土塁・空堀に囲まれた方形の郭があり、この南東にも郭が確認できる。周囲にだいぼう豊前屋敷ぶぜんやしき陣場じんば馬渡まわたしなどの地名がある。この大須賀氏は応永一九年(一四一二)六月二〇日の借銭状(熊野那智大社文書)にみえる「千葉之大須賀一族」と考えられ、熊野御師の良舜により檀那として組織されていたようである。天文一六年(一五四七)千葉妙見宮(現中央区千葉神社)の再建に際して木材を調達したらしく、「千学集抜粋」に「すみ木は田へたのおちい山にて二丁きる」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む