多駝里(読み)ただのさと

日本歴史地名大系 「多駝里」の解説

多駝里
ただのさと

播磨国風土記」にみえる里。「和名抄」にはみえない。風土記によると里名の由来は応神天皇巡幸のとき、侍従佐伯部らの始祖阿我乃古がこの地を請い、天皇が「ただに請うかも」といったことによるという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む