大和田堰(読み)おおわだせき

日本歴史地名大系 「大和田堰」の解説

大和田堰
おおわだせき

大田原の堂島おおたはらのどうじま北西から河東町西部を潤す灌漑用水。中世から存在した堰で、昔は堂島新田村の北東を流れる日橋につぱし川左岸の権現ごんげん淵の下流から取水していたが、現在はこの取水口は跡を残すのみで使用されていない。この堰が中世に開削されたことを示唆するものとして、対岸の塩川しおかわ金橋金川かなはしかながわきつね堰がある。狐堰は応永二年(一三九五)六月に竣工しているが、取入口は日橋川の右岸で、大和田堰と向い合っている。大和田堰も狐堰の開削の前後に開かれたものではなかろうか(河東町土地改良史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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