方便(読み)ホウベン

デジタル大辞泉 「方便」の意味・読み・例文・類語

ほう‐べん〔ハウ‐〕【方便】

[名・形動]
《〈梵〉upāyaの訳。近づく意》仏語。人を真実の教えに導くため、仮にとる便宜的な手段。
ある目的を達するための便宜上の手段。「うそも方便
(多く「御方便」の形で)都合のよいさま。
「でも、御―なものだ」〈藤村新生
[類語]仕方方法り方仕振り仕様しようよう方式流儀り口でん致し方手段手口メソッド方途機軸定石てだて術計

た‐ずき〔たづき〕【方便/活計】

《「き」の意。「たつき」とも》
生活の手段。生計。
「此地に善き世渡の―あらば」〈鴎外舞姫
事をなすためのよりどころ。たより。よるべ。
「言ふすべの―もなきは我が身なりけり」〈・四〇七八〉
ようす。状態。また、それを知る手がかり。
「世の中の繁き仮廬かりほに住み住みて至らむ国の―知らずも」〈・三八五〇〉

た‐どき【方便】

たずき」に同じ。
「立ちて居て―を知らにむらきもの心いさよひ」〈・二〇九二〉

た‐つき【方便】

たずき(方便)

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精選版 日本国語大辞典 「方便」の意味・読み・例文・類語

ほう‐べんハウ‥【方便】

  1. [ 1 ] 〘 名詞 〙
    1. ( [梵語] upāya の意訳 ) 仏語。仏教で、下根(げこん)の衆生を真の教えに導くために用いる便宜的な手段。また、その手段を用いること。法便。
      1. [初出の実例]「凡虚妄者、非善言善、非悪言悪、欲前人是名虚妄、如来雖復非三面三、只欲物、可方便、何是虚妄」(出典法華義疏(7C前)一)
      2. 「もしよの人の畜生をころさむをみん時は方便してすくひたすけよ」(出典:観智院本三宝絵(984)下)
    2. とくに、密教では、自利と利他、向上と向下の両義にとり、自利、利他の実践を完成することとする。〔大日経‐一〕
    3. 目的のために利用される一時の手段。また、その手段を用いること。てだて。たばかり。計略。「嘘も方便」
      1. [初出の実例]「其雖位、逗留方便、違主失礼、即追其位、還之本貫」(出典:続日本紀‐和銅四年(711)五月辛亥)
      2. 「何にもして南山より盗出し奉らんと方便(はうベン)廻されけれ共」(出典:太平記(14C後)三二)
  2. [ 2 ] 〘 形容動詞ナリ活用 〙 都合のよいさま。
    1. [初出の実例]「ホンニホンニ御方便(ホウベン)な物でございます」(出典:滑稽本浮世風呂(1809‐13)三)

た‐ずき‥づき【方便・活計】

  1. 〘 名詞 〙 ( 後世は「たつき」「たつぎ」とも )
  2. 手がかり。よるべき手段。方法。よるべ。
    1. [初出の実例]「恋ふといふはえも名づけたり言ふすべの多豆伎(タヅキ)もなきは吾が身なりけり」(出典:万葉集(8C後)一八・四〇七八)
    2. 「又もとはやむごとなきすぢなれど、世にふるたつきすくなく」(出典:源氏物語(1001‐14頃)帚木)
    3. 「学問して因果の理をも知り、説経などして世渡るたづきともせよ」(出典:徒然草(1331頃)一八八)
  3. 様子・状態を知る手段。見当。
    1. [初出の実例]「世の中の繁き仮廬に住み住みて至らむ国の多附(たづき)知らずも」(出典:万葉集(8C後)一六・三八五〇)
    2. 「いかにして言ひ寄るべきたつきもおぼえねども」(出典:御伽草子・あしびき(室町中))
  4. 生活の手段。生計。たつ。
    1. [初出の実例]「世渡るたづき中々にとめぬ月日の数そへて」(出典:浮世草子・宗祇諸国物語(1685)四)
    2. 「つひに貞七に暇を出しぬ。されば貞七は活計(タツキ)失ひ」(出典:当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉一六)

方便の補助注記

語形はタヅキが古い形であろうが、母音が交替した形であるタドキも併存した。「万葉‐二四八一」には「跡状(たどき)」と表記した例があり、これは様子や状態の意を表わしたものであろう。


た‐どき【方便】

  1. 〘 名詞 〙たずき(方便)
    1. [初出の実例]「思はぬに 横しま風の にふふかに 覆ひ来ぬれば せむすべの 多杼伎(タドキ)を知らに」(出典:万葉集(8C後)五・九〇四)

た‐ずか‥づか【方便】

  1. 〘 名詞 〙たずき(方便)

た‐つき【方便・活計】

  1. 〘 名詞 〙たずき(方便)

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改訂新版 世界大百科事典 「方便」の意味・わかりやすい解説

方便 (ほうべん)

一般的には〈方法〉〈巧みなてだて〉ということ。ただし,仏教で方便を用いる場合は基本的に,すぐれた教化(きようけ)方法,サンスクリットのupāya-kauśalya(善巧方便)ということであり,衆生を真実の教えに導くためにかりに設けた教えの意味である。経典・論釈のみならず,文学作品などに用いられる場合,微妙な意味の変化がみられるが,基本の意味をふまえることによって理解できよう。とくに《法華経》では方便を開いて真実をあらわすことが大きなテーマになっており,〈方便品〉では〈三乗(さんじよう)が一乗(いちじよう)の方便である〉という。すなわち,小乗のさとりを求める声聞乗(しようもんじよう)・縁覚乗(えんがくじよう)も,大乗のさとりを求める菩薩乗も,すべて仏陀のさとりそのもの(一仏乗)に至らしめる方便であるという。また〈如来寿量品〉では,釈迦がインドのブッダガヤーの菩提樹の下でさとりを開いた(始成正覚)というのは方便で,真実は永遠の過去からすでに久遠の仏陀であったことを明かす。なお,〈うそも方便〉とは,これらの教えが俗化したことわざである。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「方便」の意味・わかりやすい解説

方便
ほうべん

サンスクリット語のウパーヤupāya(近づく、到達する意)の訳。仏教の教えや実践がむずかしくて、一般の人々に理解しがたく実行しがたいのを、彼らを教え導いて、仏教に親しみ、仏教の本旨に到達させるために考案された巧みな手段をいう。とくに仏教が民衆化した大乗仏教において、さまざまな方便が語られ、大乗仏教経典は「方便品(ほん)」を設けている例が少なくない。とくに『法華経(ほけきょう)』のそれは名高い。方便が非常に重要視されて、六波羅蜜(ろっぱらみつ)に次いで方便波羅蜜(はらみつ)がたてられることもあり、密教は方便を究竟(くきょう)(最高)とする。また中国仏教では、方便のあり方を種々に分類する。のち俗語に転化し、「嘘(うそ)も方便」などと、目的に対して利用される便宜的な手段、過渡的な方法をいい、日本語ではかならずしもよい意味だけに用いられるとは限らない。

[三枝充悳]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「方便」の意味・わかりやすい解説

方便
ほうべん
upāya

仏教用語。原義は近づく,到達するの意。仏陀が衆生を導くために用いる方法,手段,あるいは真実に近づくための準備的な加行 (けぎょう) などをいう。転じて「嘘も方便」などの用例にみられるように,目的のために用いられる便宜的手段などをいうこともある。

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普及版 字通 「方便」の読み・字形・画数・意味

【方便】ほうべん

方法。

字通「方」の項目を見る

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世界大百科事典(旧版)内の方便の言及

【般若】より

…それらは《大般若波羅蜜多経》600巻(玄奘訳)として集大成された。さらに密教では,〈般若〉と〈方便(ほうべん)〉(ウパーヤupāya)とがあいまってはじめて解脱が成就されると説かれた。真理たる〈般若〉を体得するためには,手段としての〈方便〉が必要だからである。…

※「方便」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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