大喜城跡(読み)だいぎじようあと

日本歴史地名大系 「大喜城跡」の解説

大喜城跡
だいぎじようあと

[現在地名]瑞穂区大喜町・田光町

弘化四年(一八四七)の村絵図(徳川林政史蔵)には大喜村に三ヵ所の古城跡が記載されている。一ヵ所は田光(たこう)池北西の字城上(じようのうえ)に位置し、大喜田子(だいぎたこ)城跡ともいう。「尾張志」には「土井堀の跡なとも残らねハ四至定めがたし」とある。二ヵ所目は集落の北東寄りの坊の山(ぼうのやま)にあるもので、「尾張志」によれば、熱田社の祠官で、田島・馬場両家に並ぶ大喜氏の一人五郎丸の居宅。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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