大喜豊助(読み)おおき・とよすけ

朝日日本歴史人物事典 「大喜豊助」の解説

大喜豊助

没年:安政5.11(1858)
生年:文化9(1812)
幕末の名古屋の文人,陶工。自然翁豊楽と号した。本姓は高木で,母の姓の大喜に変えた。書や茶道を天満屋曲全に学び,俳句は吉原黄山に師事。製陶は加藤豊八に学ぶ。一種の楽焼に近い青釉を施し,器の外面に漆を塗って蒔絵を施したり,素焼きの土の色変わりを利用して墨流しの効果を上げたり,彫刻を施したり,既成の技とはちがった工夫をこらして,人気を博した。天保13(1842)年尾張(名古屋)藩の御用陶器師となり,徳川斉荘から豊楽の2字の額を拝領したので,その作品を豊助楽,豊楽焼と呼んだ。

(矢部良明)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大喜豊助」の解説

大喜豊助 おおき-とよすけ

1813-1858 江戸時代後期の陶工。
文化10年生まれ。豊楽(とよらく)焼4代。天保(てんぽう)13年尾張(おわり)名古屋藩の陶器師となる。器の表面に漆をぬり蒔絵(まきえ)をほどこした木具写(きぐうつし)を考案したとされる。安政5年11月13日死去。46歳。

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