大塚八郎左衛門(読み)おおつか はちろうざえもん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大塚八郎左衛門」の解説

大塚八郎左衛門 おおつか-はちろうざえもん

1803-1875 江戸後期-明治時代の武士
享和3年生まれ。讃岐(さぬき)(香川県)丸亀藩士。郡奉行,勘定奉行などを歴任。安政5年藩編集の地誌「西讃府志」を最後の総裁として完成させた。のち藩の大参事となった。明治8年9月13日死去。73歳。本姓安達。名は長敏。字(あざな)は修甫。号は梅里,夢鶴斎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む