大宮古間切(読み)うぷみやーくまぎり

日本歴史地名大系 「大宮古間切」の解説

大宮古間切
うぷみやーくまぎり

宮古に置かれた間切。間切としての性格は不明の点があり、あるいは宮古の総称か。方音ではウプミャーク。「球陽」では宮古あるいは宮古島について、宮古・宮古島・宮古山・麻姑山(麻古山)・太平山(たいへいざん)など、時代を問わず恣意的に表記されている。宮古間切とするのは、唯一尚質王三年(一六五〇)条で、隆慶元年(一五六七)八重山間切大掟職が宮古・八重山を兼掌していたが、万暦二年(一五七四)宮古間切大掟職の兼掌となり、のち宮古主部と称するようになった。その後、那覇里主と御物城が輪番で担当したが、尚質王三年からは御物奉行が兼掌することになったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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