大寺廃寺跡(読み)おおでらはいじあと

日本歴史地名大系 「大寺廃寺跡」の解説

大寺廃寺跡
おおでらはいじあと

[現在地名]春野町西分 大寺

春野町役場の東方二〇〇メートルの水田宅地が寺院跡とみられ、旧仁淀によど(現新川川)左岸の自然堤防上に位置する。標高一五メートル前後で、現在も大寺の地名が残る。また天正一七年(一五八九)の仲村郷喜津賀西分地検帳にも八幡宮の近くに「大寺」の寺名がみえ、地積三代が記され、付近には大寺領一二筆がある。

未発掘のためその規模や伽藍配置などはわからない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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