春野町(読み)はるのちよう

日本歴史地名大系 「春野町」の解説

春野町
はるのちよう

面積:二五二・一七平方キロ

周智郡の北部を占め、南は森(もり)町、東は榛原(はいばら)郡中川根(なかかわね)町・川根町、北は磐田郡水窪(みさくぼ)町、西は同郡佐久間(さくま)町・龍山(たつやま)村と天竜市に接する。西部を気田(けた)川が小さく蛇行しながら北から南へと流れ、南西端で向きを西に転じて天竜市に入る。東部から石切(いしきり)川・杉(すぎ)川・熊切(くまきり)川・不動(ふどう)川などが南西へと流れ、気田川に合流する。南西部の秋葉山は信仰の山で、現在は秋葉神社がある。町域の北部は標高一〇〇〇メートルを超す山岳地帯で遺跡の存在は知られていないが、南部の田河内(たごうち)では旧石器時代のモチクイド遺跡がみつかっている。縄文時代の遺跡は気田川とその支流の河岸段丘上に立地し、宮川(みやがわ)の里原(さとばら)、犬居(いぬい)の御堂平(みどうだいら)、気田の麻舟山(あさふねやま)(中森)といった拠点となるような遺跡も知られる。なかでも里原遺跡は早・中―後・晩期末と続く有力遺跡で、前期の弥生土器を伴出する。


春野町
はるのちよう

面積:四五・四六平方キロ

吾川郡の最南東部に位置し、南は土佐湾に面し、北から東は高知市、北西は伊野(いの)町、西は仁淀(によど)川を隔てて土佐市に接する。北部は西の吉良(きら)ヶ峰(二四九メートル)から東の鷲尾(わしお)山(三一〇メートル)まで比較的低位の山が連なる荒倉(あらくら)山系で、やや南部に高森(たかもり)山(一四三・八メートル)などの丘陵がある。その間に弘岡(ひろおか)平野が開け、中央を新川(しんかわ)川がほぼ東に流れる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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