大屋沼(読み)おおやぬま

日本歴史地名大系 「大屋沼」の解説

大屋沼
おおやぬま

大屋寺内おおやてらうちの南の方にあり、元和年間(一六一五―二四)餅田もちだ村(新藤柳田しんどうやなぎだ村の別名)が灌漑用水として、寺内村山麓に山の流水を集める周囲三六町の大屋沼を造った。この水によって餅田村の田地六〇〇石が水不足から解放された(雪の出羽路)。大正以降、この沼で養鯉業が営まれ、秋田県内需要の半分を満たすほどになった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む