大山田上郷(読み)おおやまだかみごう

日本歴史地名大系 「大山田上郷」の解説

大山田上郷
おおやまだかみごう

[現在地名]馬頭町大山田上郷

現馬頭町の北端高倉たかくら山の東に位置し、村の中央を武茂むも川が南流する。南は大山田下郷。かつては大山田下郷と合せて大山田村と称した。永享一一年(一四三九)二月一三日の結城直朝寄進状写(八槻文書)に「茂武大山田村」とみえ村内の「や八郎」在家分銭二貫文を八槻近津やつきちかづ大明神(現福島県東白川郡棚倉町の都々古和気神社)に寄進している。永禄一三年(一五七〇)には大山田で那須勢と佐竹義重勢との合戦があり、のち勝利した佐竹氏の支配下に置かれている(同年八月七日「佐竹義重官途状写」秋田藩家蔵文書など)。寛永一二年(一六三五)の水戸領郷高帳先高(茨城高等学校図書館蔵)に大山田村とあり、高一千六七石余、ほかに新田八〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む