大山窯跡(読み)ううやまかまあと

日本歴史地名大系 「大山窯跡」の解説

大山窯跡
ううやまかまあと

[現在地名]多久市西多久町板屋字大山

丹邱邑誌」に「藤河内村大山口 天叟君朝鮮人陶器ヲ製セシメ玉ヒシカトモ土性佳ナラス遂ニ止ミタリ」とある。藤川内ふじのかわち川の最上流地の谷間杉林にある大山古窯がこれである。鉄釉の碗・皿・鉢・袋物などをおもに埋蔵し、窯壁・窯道具および陶片が散乱している。北南を軸とする登窯であったと考えられるが、主要部分は農道で破壊されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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