大島光義(読み)おおしま みつよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大島光義」の解説

大島光義 おおしま-みつよし

1508-1604 戦国-江戸時代前期の武将,大名
永正(えいしょう)5年生まれ。織田信長,豊臣秀吉弓大将としてつかえる。関ケ原戦いでは,石田三成(みつなり)に妻子人質にとられていたが,徳川方について功をたて,慶長5年美濃(みの)(岐阜県)関藩主となる。1万8000石。弓の使い手として名をとどろかせ,53たび戦場にのぞみ,41の感状をうけたという。慶長9年8月23日死去。97歳。初名は光吉。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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