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尋尊 じんそん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

尋尊
じんそん

[生]永享2(1430).8.7. 京都
[没]永正5(1508).5.2. 奈良
室町時代の法相宗の僧。興福寺大乗院第 20代門跡。一条兼良の子。号は後大慈三昧院。永享 10 (1438) 年大乗院に入室し,同 13年門跡として院務についた。享徳2 (1453) 年少僧都,同3年大僧都,康正1 (1455) 年法印,僧正と累進し,同2年興福寺別当に就任。

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デジタル大辞泉の解説

じんそん【尋尊】

[1430~1508]室町時代の学僧。法相宗興福寺大乗院門跡。一条兼良(かねら)の子。興福寺別当となり、長谷寺薬師寺の別当を兼務して教学振興に努めたほか、「大乗院寺社雑事記」「大乗院日記目録」などの記録を残した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

尋尊 じんそん

1430-1508 室町-戦国時代の僧。
永享2年8月7日生まれ。一条兼良(かねよし)の5男。法相(ほっそう)宗。奈良興福寺の大乗院門跡(もんぜき)。康正(こうしょう)2年(1456)興福寺別当となり,長谷寺,薬師寺などの別当をかねる。翌年大僧正。没年までの約50年間の日記「尋尊大僧正記」をふくむ「大乗院寺社雑事記」,「三箇院家抄」などの記録をのこした。永正(えいしょう)5年5月2日死去。79歳。

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世界大百科事典 第2版の解説

じんそん【尋尊】

1430‐1508(永享2‐永正5)
室町時代の興福寺僧で,大乗院門跡(もんぜき)。関白一条兼良(かねら)の第5子。1438年(永享10)前門跡安位寺経覚が将軍足利義教によって追放されたあと,新門主として入院した。したがって尋尊は前門跡の入室弟子でも附弟でもなく,異常な入院となった。40年得度,41年(嘉吉1)院務初め。62年(寛正3)継嗣として二条家から政覚を迎え,ついで院務を譲ったが政覚は早世し,その後一条家から慈尋を迎えたが夭折,さらに九条家から迎えた経尋が得度する前に,尋尊は死没した。

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大辞林 第三版の解説

じんそん【尋尊】

1430~1508) 室町時代、法相宗の僧。興福寺大乗院門跡。一条兼良の五男。古記録や当時の世相などを「大乗院寺社雑事記ぞうじき」に収録。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

尋尊
じんそん
(1430―1508)

室町中期の興福寺大乗院門主。一条兼良(かねよし)の子。1438年(永享10)大乗院に入室。2年後に得度、受戒。1441年(嘉吉元)大乗院門跡(もんぜき)を継承。1456(康正2)~1459年(長禄3)まで興福寺別当を務めた。その日記『大乗院寺社雑事記(だいじょういんじしゃぞうじき)』は、寺院経営だけでなく応仁・文明の乱前後の激動する社会を活写する史料として重要である。また、年代記『大乗院日記目録』をまとめた。[稲葉伸道]
『鈴木良一著『大乗院寺社雑事記――ある門閥僧侶の没落の記録』(1983・そしえて)』

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世界大百科事典内の尋尊の言及

【正長の土一揆】より

…また近江,大和以外で徳政令が発布されたことが知られるのは河内,摂津,播磨の3ヵ国である。このように正長1年には,京都,奈良だけでなく広い範囲にわたって一揆が蜂起したために,尋尊の《大乗院日記目録》には〈一天下の土民蜂起す,(中略)およそ亡国の基これにすぐべからず,日本開白(かいびやく)以来,土民の蜂起,これ初めなり〉と評されている。【黒川 直則】。…

【大乗院寺社雑事記】より

…興福寺大乗院第19世門跡尋尊(じんそん)の日記。その自筆本が,《寺務方諸廻請》12冊,《大乗院寺社雑事記》167冊,《尋尊大僧正記》20冊に分かたれ,内閣文庫に所蔵されている。…

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