大御堂廃寺(読み)おおみどうはいじ

日本歴史地名大系 「大御堂廃寺」の解説

大御堂廃寺
おおみどうはいじ

[現在地名]倉吉市駄経寺町

駄経寺だきようじ町集落の北側、字大御堂から隈廻くままわりにかけて位置する白鳳時代から奈良時代の寺院跡。駄経寺廃寺ともいう。寛保二年(一七四二)に著された「伯耆民談記」にも「今堂閣なし。駄経寺村の前なる田の中に少き台あり。是れ則ち大御堂と称するなり」と記載されるなど、その存在は古くから知られていたが、昭和二八年(一九五三)に工場敷地として埋立てられてしまった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む