大戸ヶ里(読み)おおとがり

日本歴史地名大系 「大戸ヶ里」の解説

大戸ヶ里
おおとがり

[現在地名]牛津町大字勝(かつ)字大戸ヶ里

現牛津町の中央部平坦地にあり、勝(かす)川が西方に流れる。正保絵図に村名がみえる。小城郡西(さい)郷の内にあり、嘉永六年(一八五三)写の大小配分石高帳では、地米(年貢)二一二石九斗一升九合とある。

天文一四年(一五四五)、竜造寺家兼が馬場頼周を千葉城(跡地は現小城町)に攻めた時、頼周の子政員は、戦いに敗れて大戸ヶ里に逃げ入った。そこを野田三河守に槍で殺されたという(九州治乱記)。

村内に、天満宮・久昌山円長(えんちよう)寺(臨済宗南禅寺派)がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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