…近松門左衛門は《太平記》の世界の話ということでこの討入事件をとりあげ,《兼好法師物見車(ものみぐるま)》に続けて,1710年(宝永7)には《碁盤太平記》を上演した。吉良上野介義央を高師直に,浅野内匠頭長矩を塩冶(えんや)判官に,大石内蔵助(くらのすけ)を大星由良助(ゆらのすけ)として登場させている。また,討入りから47年目の1748年(寛延1)に義士たちを描いた代表的な人形浄瑠璃が書かれた。…
…1702年(元禄15)12月14日,長矩の遺臣を率いて吉良邸に討ち入り目的をとげたが,幕府から切腹を命じられ翌年2月4日に死んだ。【田原 嗣郎】 大石良雄は赤穂浪士の討入りに取材した〈忠臣蔵物〉の作品群の中心人物で,大星由良助(ゆらのすけ)の名で親しまれている。《仮名手本忠臣蔵》においては,廓遊びもするが人の心の奥底を見抜く明知と武士としての強固な意志をそなえ,心の広い大人物として描かれている。…
※「大星由良助」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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