大根田村(読み)おおねだむら

日本歴史地名大系 「大根田村」の解説

大根田村
おおねだむら

[現在地名]二宮町大根田

五行ごぎよう川を挟み石島いしじま村の東方左岸(一部右岸)に位置し、北はおき村。延徳四年(一四九二)一〇月二日の宇都宮成綱等寄進状(小田部庄右衛門氏所蔵文書)大内おおうち庄内の「大根田半郷」などが成高じようこう(現宇都宮市)に寄進されている。元和五年(一六一九)の下館藩領村高之留(坂入慶子文書)に村名がみえ高一千一一三石余。慶安郷帳では田高八〇一石余・畑高三〇八石余・茶高三石余、幕府領。ほかに長永ちようえい(長栄)寺領三石。元禄郷帳では長堤ながつつみ(現益子町)に陣屋を置いた旗本松平領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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