大橋喜美(読み)オオハシ キミ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「大橋喜美」の解説

大橋 喜美
オオハシ キミ


肩書
元・衆院議員

生年月日
明治38年1月

出身地
栃木県鹿沼市

学歴
東京女子高等師範学校文科〔大正14年〕卒

経歴
島根県立浜田高等女学校教諭、大津市高等女学校教諭、県立宮崎第一高等女子学校教諭、栃木県立鹿沼高等女子学校講師を経て、女性の参政権が認められた昭和21年第22回総選挙で宮崎県選挙区(当時)から立候補し当選、1期務めた。初の女性国会議員39人のうちの一人。戦後政党離合集散の中、22年に結成された当時の民主党にも参加、国民協同党政策調査会厚生部長も務めた。

没年月日
平成11年6月1日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「大橋喜美」の解説

大橋 喜美
オオハシ キミ

昭和期の政治家 元・衆院議員。



生年
明治38(1905)年1月

没年
平成11(1999)年6月1日

出身地
栃木県鹿沼市

学歴〔年〕
東京女子高等師範学校文科〔大正14年〕卒

経歴
島根県立浜田高等女学校教諭、大津市高等女学校教諭、県立宮崎第一高等女子学校教諭、栃木県立鹿沼高等女子学校講師を経て、女性の参政権が認められた昭和21年第22回総選挙で宮崎県選挙区(当時)から立候補し当選、1期務めた。初の女性国会議員39人のうちの一人。戦後の政党の離合集散の中、22年に結成された当時の民主党にも参加、国民協同党政策調査会厚生部長も務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大橋喜美」の解説

大橋喜美 おおはし-きみ

1905-1999 昭和時代後期の政治家。
明治38年1月28日生まれ。大津高女,宮崎第一高女の教諭をつとめ,昭和21年婦人参政権確立後最初の衆議院議員選挙で,日向(ひゅうが)民主党から立候補して当選。憲法制定特別委員となった。平成11年6月1日死去。94歳。栃木県出身。東京女高師(現お茶の水女子大)卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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