ドイツの公法学者イェリネック(1851―1911)は、基本権を自由権・受益権・参政権の3種に分類し、参政権は個人の「能動的地位」、つまり個人が進んで国家機関として国家権力の活動を要求する関係から生まれるものとした。
参政権には、議員の選挙や重要な政策決定に関する国民投票のような国民自身がもつ参政権と、公務員がその地位においてもつ参政権の2種が区分されるが、普通一般には前者のことをいう。日本国憲法では、第15条で公務員選定罷免権が国民固有の権利であることを概括的に定めており、また具体的には、国の場合については、国会議員の選挙権(43条・44条・47条)、最高裁判所裁判官の国民審査権(79条)、地方特別法に対する住民投票権(95条)、憲法改正の承認に関する国民投票権(96条)の4種が規定されている。さらに地方自治体については、地方議会の議員、および法律で定めるその他の吏員(知事・市町村長など)の選挙権を住民に保障し(93条)、さらに地方自治法で議員・首長の解職請求権が規定されている。なお参政権の制限された時代においては、国民の請願権が、国民の意思を政策決定に反映させる手段として、伝統的に重要な意味をもっていたが、参政権の拡大とともにしだいにその重要性を弱めていった。しかし今日においても請願権は参政権の補完機能として重要である。
[川野秀之]
参政権の性質あるいは根拠については、古くから対立する学説が存在していた。一方では、それは市民権に当然付随する属性あるいは機能だと考えられ、他方では、それは国家の公務に参与する特権であり、そのためには一定の財産ないし政治的能力、すなわち「富と教養」をもつ者のみが政治に参加すべきであると考えられた。
確かに、古代ギリシアやローマの都市国家においては、市民は当然に民会に参加し、直接に立法や重要官職の選挙、外交関係の処理裁判まで行い、市民の参政権は最大限に保障されていたといえる。しかし同時に市民権は、市民権をもつ父親から生まれた男子にのみ限定され、女性や未成年者、多数の奴隷にはなんらの参政権もなく、同じ民族でも他の都市の市民には権利の保障がされなかったということを無視するわけにはいかない。その後ヨーロッパ中世の封建社会において身分制議会の制度が採用されるとともに、「代表なくして課税なし」というイギリスのことばが意味するように、参政権は土地所有に伴う封建的な特権とみられるようになった。いうなれば、国家に多額の税金を納める国民には一定限度の政治に対する発言権を保障するという考え方である。
このような二つの流れは、そのまま近代社会に受け継がれた。17、18世紀の市民革命の思想学説においては、参政権は国民固有の属性であると主張されている。1789年のフランス人権宣言の第6条には、「すべての市民は自らまたはその代表者によって法律の制定に参与する権利を有する。……すべての市民は法律の前に平等であるため、……等しくすべての公職につくことができる」と述べられていた。しかしその直後の1791年のフランス憲法では、財産によって市民を能動的市民と受動的市民に分け、主権を実際に行使できる者を能動的市民に限った。この能動的市民は全人口2600万人中約430万人にすぎず、さらに彼らが選んだ選挙人の資格を有する者は5万人弱にしかすぎなかった。したがって、市民の資格を制限することによって選ばれたエリートたちの間の平等が、実際には保障されていたにすぎなかったといえよう。
[川野秀之]
しかしこのような状況は19世紀から20世紀にかけて急激に変化していった。イギリスでは19世紀の初めまで選挙権がかなり制限されており、しかも長期にわたって選挙区割が改正されなかったため、産業革命によって発達したバーミンガムなどの都市が代表されず、選挙民の少ない腐敗選挙区あるいはポケット選挙区(制限選挙区)が多数存在し、なかには海中に没した都市から議員が選ばれるといった状況すら存在した。このような状況を改善するために1832年選挙法改正が行われ、選挙区割を改定するとともに、選挙資格を緩和し、有権者が約50%増加した。その後1918年には完全に男子の普通選挙が実施され、女性参政権も一部認められた。
日本では1889年(明治22)の選挙法で、25歳以上の男子で直接国税15円以上を納めている者に選挙権が認められたが、その数は人口の約1%の45万人にすぎなかった。その後1925年(大正14)に男子普通選挙が、第二次世界大戦後、1945年(昭和20)には20歳以上の男女に選挙権が認められた。
[川野秀之]
2015年(平成27)6月に成立した「公職選挙法等の一部を改正する法律」(平成27年法律第43号)により、公職の選挙の選挙権を有する者の年齢について、満20年以上から満18年以上に改められた。改正法の施行は2016年6月19日。
[編集部]
『小林直樹著『新版憲法講義 上』(1980・東京大学出版会)』▽『芦部信喜著『憲法と議会政』(1971・東京大学出版会)』▽『伊藤良弘著「参政権」(『講座・憲法学の基礎2 憲法学の基礎概念Ⅱ』所収・1983・勁草書房)』▽『憲法理論研究会編『参政権の研究』(1987・有斐閣)』▽『辻村みよ子著『「権利」としての選挙権――選挙権の本質と日本の選挙問題』(1989・勁草書房)』▽『日本選挙学会編『民主的選挙制度成熟へ向けて――政治文化基盤整備の視点から』(1992・北樹出版)』
国家権力(統治権)の行使に参加する国民の権利の総称である。狭くは,国民代表による政治を念頭において,選挙権・被選挙権だけをさすこともあるが,通常は直接民主制的な諸権利も含める。自由権,受益権,社会権とともに,近現代の憲法において保障されている国民の権利の一種である。
日本国憲法は,15条1項で公務員の選定・罷免権を〈国民固有の権利〉として保障し,同条3項で普通選挙,同条4項で投票の秘密と投票について〈公的にも私的にも責任を問はれない〉ことを保障し,さらに44条で両議院の議員と選挙人の資格につき,〈人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならない〉としている。しかし,15条1項の保障する公務員の罷免権は,地方公務員については地方自治法である程度具体化されているが,国家公務員についてはなお具体化されていない。また,日本国憲法では,最高裁判所裁判官についての国民審査(79条2~4項),一つの地方公共団体のみに適用される特別法についての住民投票(95条),憲法改正についての国民投票(96条1項)が保障され,地方自治法ではもろもろの直接請求の制度が定められている。
参政権が,自己の利益のためのものという意味で文字どおりの権利か,それとも公の利益のために行使すべきものという意味で公務としての側面をもっているか,については見解が対立しているが,それを基礎づけている主権原理から解明されなければならない。〈人民(プープル)主権〉のもとにおいては,国家権力は人民の意思に基づき人民の利益のために行使されなければならないが,人民の意思や利益はそれを構成している各人の意思や利益の総体と考えられているから,各人の参政権は当然に権利と説明されることになる。しかし,〈国民(ナシオン)主権〉や国家法人説を前提とする場合には,国家権力の主体が抽象的観念的な〈国民〉や国家となり,しかもそのような〈国民〉や国家の意思・利益は当然には〈人民〉を構成している各人の意思や利益の総体とはならないから,参政権は公務性をもつものとして説明されがちになる。日本国憲法下においても,その国民主権の理解のしかたのいかんによって,答えが異なることになる。
→基本的人権 →国民主権 →選挙
執筆者:杉原 泰雄
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…外国籍の住民に認められる選挙権。通常は,地方選挙の参政権,つまり選挙権と被選挙権を意味する。ヨーロッパでは,すでにスウェーデン,ノルウェー,デンマーク,オランダなどで定住外国人(3~5年)に地方参政権を認めており,またEU(ヨーロッパ連合)が加盟各国の市民に滞在先の国で地方選挙に参加できる制度づくりを進めている。…
※「参政権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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